内的動機

あなたの価値観は何でしょう?

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。

生きていく中で大切なことは価値観です。人はそれぞれに違った価値観を持っていて、その価値観に沿った形で生きています。

職業を選択するのにも価値観が軸になっているといえるし、生活のスタイルや行動パターン、買い物をする場合に何を買うか等、すべての行動の背景には価値観が存在しているといっていいでしょう。

このところ毎回のように述べている内的動機や外的動機もこの価値観をもとに動機付けされています。

そういった意味でも、価値観が何なのかをきちんと見極めることができると、人生をより有意義に過ごすことができるといえるでしょう。

今日は、そんな価値観について述べていきたいと思います。

BEの価値観、DOの価値観

価値観を見ていくと精神状態のBEの価値観と行動面でのDOの価値観が存在しているといっていいでしょう。我々現代人は、何かを達成することが価値観の中心になっていることが多いので、どうしてもDOの価値観で物事を見てしまいがちです。

しかし、このDOの価値観ばかりに囚われてしまうと本質を見失ってしまいます。実はこのDOの価値観を見極める前にしなければならないことが、「BEの価値観の見極め」なのです。BEの価値観の見極めができていないのにもかかわらず、DOの価値観中心で行動してしまうと矛盾を抱えたまま生きてしまいかねません。矛盾を抱えたまま暮らしているとストレスが生まれるのは必然です。

例えば、BEの価値観が「静かに穏やかに暮らす」というものであるのにも関わらず、いわゆるDOの価値観を「企業内での出世競争を生き抜く」というものにしてしまっては矛盾が生じるのは明白です。この例はいささか極端ですけれど、現代社会のニンジン型給与体系であったならややもするとこういった事態も起こりかねません。

ですので、極端にDOの価値観ばかりに焦点を当ててしまうと、自分自身を破綻させてしまう可能性が高くなるでしょう。

また、特筆すべき点は、このBEの価値観は主に内的動機であり、DOの価値観は外的動機に基づきやすいということです。よって、まずはこのBEの価値観である精神状態の価値観を見極めた上で、それに沿うような形でDOの価値観を見極めていく必要があるといっていいでしょう。

BEとDO、この2つの関係性に矛盾が生じないようになれば、人生はスムーズに運んでいくこと間違いなしです。

BEの価値観を見極めよう

あなたは、いつもどういった心持で過ごしていきたいですか。

例えば、みんなとわいわい楽しく過ごしていたいという人と、静かに穏やかにひとつのことに集中して何かに取り組みたいという人では、そこから派生する行動内容も変わってくるはずです。

わいわい楽しくというのであれば、人の集まる場所に自然と足が運ぶでしょうし、穏やかに何かに取り組みたいと思うなら、自分自身の空間が大切になってくるはずです。

こういったことを考えるのは誰もがしていることで当たり前のようなことですけれど、これを当たり前と思わずにじっくりと腰を据えてみていかないとDOの価値観に惑わされてしまいかねません。

あなたにとっての幸せって何でしょう

あなたの心はいったい何を求めているのでしょう。

あなたはどういう環境にいることを望んでいるのでしょう。

あなたがリラックスできているときはどんな状態のときでしょう。

あなたがワクワクする瞬間ってどういった時でしょう。

あなの脳がフル回転して、アドレナリンが出る瞬間ってどんな時でしょう。

あなたが笑っている瞬間はどういった時でしょう。

あなたが心から楽しいという瞬間はどんな時でしょう。

あなたが突き詰めてみたい物事は何でしょう。

あなたはいったい何を求めて生きているのでしょう。

あなたにとって生きるとはどういうことでしょう。

あなたはどういう状態にあると幸せを感じるのでしょう。

あなたにとっての幸せとは何でしょう

以上のことから出た答えを丁寧に見ていくと、自然とどう行動すればよいかが見えてくるはずです。

本日のまとめ

あなたの価値観は何でしょう?
① 自分の価値観を見極めることができると有意義に生きていける。
② DOの価値観にとらわれると本質を見失ってしまう。
③ まずはBEの価値観を見極めていきましょう。
④ BEの価値観は内的動機であり、DOの価値観は外的動機になりやすい。
⑤ BEとDOに矛盾がなければ人生はスムーズに運んでいく。
⑥ あなたにとっての幸せとはいったい何なのでしょう?

 

純粋に生きる方法

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。

このところ内的動機で生きることを推奨している記事を書いています。内的動機で生きることの良さはピュアな欲求に従って生きることであり、純粋な欲求に従って生きることで、無駄もなく、遠回りすることもなく生きることができるということです。

もちろん、純粋な欲求だけで生きてはいけない部分も多いでしょうし、それでは生活が成り立たないといったこともあるでしょう。

しかし、生きていくなら義務や賞罰、強制のある外的動機を軸にして生きていくより、自分が望むことをして生きる内的動機を軸にした方がより幸せなはずです。ですので、現状はともあれ、その軸を外から中へと変えていく姿勢がとても重要なのではないでしょうか。

では、どのようにして意識を外的動機から内的動機へと変換させていくのか、その方法を本日はお伝えしたいと思います。

意識を外から内へ変えていく方法

外的動機ではなく、内的動機で生きていく方法は以下の2つになります。

① 生きる目的を明確にする

② 明確化された目的を実生活の中で少しづつ実践していく

あたなの生きる目的は何でしょう。それをどんどん掘り下げていって下さい。それが①の生きる目的を明確にするということです。

もし、あなたが「豊かな生活を送りたい」と思ったなら、その豊かさとは何なのかを掘り下げていきましょう。豊かさには色々あります。金銭的な豊かさなのか、あるいは、人間関係上での豊かさなのか、あるいは時間的な豊かさなのか、豊かさの中の何を実現したいかを明確にしましょう。

次に、明確になった目的をもう一段、深く掘り下げていきます。例えば、上の例の豊かさであるならば、豊かになったらどんなことをしたいか、どういう風に豊かさを満喫したいか考えてみましょう。

金銭的な豊かさを実現したならどんなことをするのか、人間関係が豊かになったらどんなことをするのか、時間的な豊かさを得ることができたならどんなことをするのか、そういったことを考えてみましょう。

そして、次にそれが達成されたときの気持ちを味わってみましょう。目的が達成されたときの気持ちを言語化してみましょう。

そうして言語化された気持ちで生きることが、①の生きる目的です。もしそれが「幸せ」ということであれば、あなたの内的動機は「幸せ」であるといえます。

従って、この「幸せ」を軸にして、普段の日常生活を生きるのです。これが②の実生活の中での実践です。

もし、今、あなたの生活の中に豊かさを感じられずにいたとしても「幸せ」は必ずあるはずです。それがどんなに些細な事でも、そこに「幸せ」と感じられる瞬間はあるはずです。そういった「幸せ」を広げていくことに焦点を合わせていきましょう。焦点を「ない」から「ある」に変えてそれを広げていくことに勤めていくのです。

豊かさを感じることができない人は、ずっと豊かさを感じることができずに一生を終えてしまうでしょう。しかし、それがどんなに小さいものであっても豊かさを感じることができたなら、それを広げていくことが可能になるのです。それを広げていくことが「内的動機」で生きるということなのです。

忙しいと感じる日常の生活の中であったとしても、少しだけ時間を作って豊かさを味わえる瞬間を作ってみましょう。人間関係をよりよいものにしたいのであれば、今の人間関係をよりよくすることからはじめましょう。それも特段難しいことをする必要もありません。ほんの少しだけ笑顔でいる時間を作ってみましょう。そういった「幸せ」に繋がるような小さな変化を意識して起こしていくといいでしょう。そうしていくと、少しずつですけれど「幸せ」は実現されていくのです。

ただ、ひとつ気を付けなければならないことは、目的を混同しないということです。最大の目的は「幸せ」であって、「豊かになる」ということではないということです。焦点を合わせることは、「幸せ」であり「豊かになる」ことではないのです。

「豊かになる」ことが目的となり、それが強くなりすぎて目的が「外的動機」になってしまわないように気を付けなければなりません。

「幸せ」になるためにはリラックスすることです。なぜなら、リラックスした状態こそが「幸せ」なのですから。よって、目的達成のために力んではいけません。力んだ時点でそれは「外的動機」です。

ですので、リラックスしてできること、楽しんでできることからはじめて行きましょう。「リラックスしてする行動」や「楽しんでできる行動」は、「内的動機」でする行動なのですから。

本日のまとめ

純粋に生きる方法
① 内的欲求で生きることは、人生の近道。
② 動機を外から内へと変えていきましょう。
③ その方法として、生きる目的の明確化とその実践が大事。
④ 目的が達成されたときの気持ちで生きる。
⑤ 焦点を「ない」から「ある」に変えてそれを広げていくことに勤める。
⑥ 目的達成のために力んですると「外的動機」になってしまう。
⑦ リラックスしてできる行動こそが「内的動機」に基づいてできる行動である。
⑧ 幸せとはリラックスできている状態のこと

 

幸せになる方法

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。このところ、毎回のように内的動機について書いています。

前回のおさらいをすると、内的動機とは動機の中に純粋性が存在しており、この内的動機で行動ができるとより幸せに近づけるとといったことを書きました。

そこで、今回はこの内的動機の扱い方次第で、人はもっと幸福になれるということを書いていきたいと思います。

幸せになる方法

行動することには必ず目標や目的が存在しているといえます。目標や目的が意識されているかいないかに関わらず、行動するということには、何かしらの目標や目的はあるのです。

食事をとるといったことや、顔を洗うであったり、トイレに行くといった日常生活のごく当たり前の事ですら、そこには目的が存在しているといっていいでしょう。空腹を満たすことも、洗顔することも、用を足すことも、そこには理由があるからそれをするのです。つまり、すべての行為には理由が存在するのです。

では…、生きることそのものの目標や目的とは何なのでしょう。どういった目標や目的があって人は生きるのでしょうか?

それは、「幸せになるため」ということなのではないでしょうか。この「幸せになる」という目標が最上位にあるからこそ、人は何かしらの行動を取るのではないでしょうか。

例えば、空腹を満たすことも、トイレに行って用を足すことも「幸せになるため」の行動です。空腹を満たさずにいたり、用を足したいのに足すことができないのであったなら、それは不幸であるといえます。

つまり、人はどんな事でも幸福になるためにしているといっていいのです。人はあえて不幸になることをしようとはしないのですから。

とはいえ、「幸せになる」という目標をどのような動機で行動に繋げていくかというと、そこに内的動機(好奇心や関心)に基づく行動と、外的動機(義務・賞罰・強制)に基づく行動に分けられてしまいます。

そして、もし、より良い幸せを追い求めようとするのなら、その目標や目的が内的動機に基づくものなのか、外的動機に基づくものなのかをきちんと見極める必要があるでしょう。そしてまた、この内的・外的の動機をきちんと見極めた上で、行動する動機そのものすべて内的動機に変えてしまうことができたなら人は幸せになれるといえるのです。

今、この瞬間を楽しむことが幸せ

内的動機は幸せに繋がる動機です。従って、行動のすべてを内的動機にすると人は幸せになれます

しかし、生きている中で外的動機で行動しなければならないこともたくさんあります。先に述べたように、この外的動機の正体は、義務・賞罰・強制ですから、必ずしも外的動機でする行動が楽しいかというとそうでない場合も多いでしょう。

しかし、多かれ少なかれ外的動機でしなければならないこともしていかなければなりません。ただ、この外的動機を外的動機のままにして行動していてはなかなか幸せにはなれないでしょう。そこで外的動機でしている行動を、何かしらの形で内的動機に変化させることができたなら、人はどんな時でも幸福になれるのです。

では、外的動機をどのようにして内的動機に変えていけばいいのでしょうか。

内的動機は「好奇心や関心」に基づく行動ですから、それをしている最中は基本的にそれをしている瞬間を楽しんでいるということになります。そして、それをしていることが楽しいということは、「今、この瞬間を味わっている」ということになります。

一方、外的動機は「義務・賞罰・強制」に基づく行動であり、「行為そのものを楽しめていない」ということになります。「行為そのものを楽しめていない」ということがどういうことかというと、それは、「今、この瞬間を味わえていない」ということです。

であるならば、外的動機でする行動が、例えそれにどんな理由があったとしても「今、この瞬間を味わってする」ことができたなら、それは内的動機でする行動になるといえるのです。

つまり、「今この瞬間を味わう」あるいは「今、この瞬間を楽しむ」ことができたとき、それが外的動機で始めたことだとしても、内的動機に変化させることが可能であるといえます。

そう考えていくと、実は動機そのものはあまり重要ではなく、していることをしっかりと味わうことができたとき人は幸せになれるといえるのです。

つづきます。

幸せになる方法

タイトル
① すべての行為には理由が存在する。
② 行動のすべての動機は幸せになるため。
③ どんなことでも内的動機で行動できれば幸せになれる。
④ 動機を「今、この瞬間を楽しむ」にすれば「外的動機」は「内的動機」に変えられる。
⑤ 大切なのは動機ではなく、行動そのものを楽しむこと、味わうこと。
⑥ 行動そのものを楽しむことができたとき、人は幸せになれる

 

初心忘れべからず

 

おはようございます。更新の期間が少し空いてしまいました。

前回は内的動機をもとに純粋な気持ちを大切にして生きていきましょうという内容を書きましたけれど、本日はその続きとなります。

今日も簡単なおさらいをすると、「内的動機」とは「〇〇したいから、〇〇をする」ということです。例えるなら「山に登りたいから山に登る」ということであり、内的動機がもたらす行動には純粋性があるといえます。

その一方には「外的動機」というものがあって、これは「〇〇をしなければならないから、〇〇をする」ということです。この外的動機は、義務や賞罰、強制などが動機となって行動することを言います。例えるなら、「お金設けをしなければならないから山に登る」といった感じでしょうか。

「お金儲けをするために山に登る」ってなんか変ですよね。

行動するにあたって、目的は様々あっていいし動機はどんな内容であったとしても基本的には構いません。しかし、内的動機で行動するのと外的動機で行動するのとでは、持続性や行動の質といった部分でいえば、内的動機の方がいいことは明白です。

したいことに対して、挫折をしたとしても困難にぶつかったとしても純粋な動機、つまり内的動機で行動するならそれを克服しようとする力が生まれるといっていいでしょう。持続性や行動の質は、動機が純粋であればあるほど保たれるものです。

しかし、義務や賞罰、強制が動機であったなら、困難を克服しようとする力が弱くなるのも必然です。従って、行動するための動機は内的動機の方がいいといえるでしょう。

とはいえ、内的動機で始めたことも、気が付くと外的動機で行動をしてしまうということが起こりがちなのです。そこで、内的動機が外的動機に変化しないように心掛けましょう、ということが本日のテーマとなります。

初心忘れべからず

よくスポーツ選手が大舞台の中で、「今、この瞬間を楽しもう」と自分自身に暗示を掛けるのは、初心に戻ろうとする行為です。

例えば、ある陸上の短距離走の選手がいたとします。その短距離走の選手が世界大会の決勝の舞台で、今まさにこれからレースを迎えようとしているとします。

彼は、このレースで1位になれば、地位も名声も一挙に手に入れられる、といったことを考えています。また、このレースに勝つことで、これまでお世話になった人に恩返しをしたいということ、なども考えています。そういった様々な思考がよぎるにつれて、彼の緊張の度合いは深く増していきます。

彼は、幼い頃から健脚で名を馳せ、走ることの大好きな少年でした。走ることがただただ好きで、野山を掛けまわっているときに幸福な気持ちになれたのです。

走ることが好きだった少年は、陸上の世界大会の決勝に出場できるくらいの実力を身につけることができました。しかし、これから始まるレースを前に、彼の緊張はこれまでの人生でかつてなかったほどまで高まっているのです。

そんな時、ふと彼のコーチの言葉を思い出します。緊張した時には、初心に戻ることが大切なんだという言葉を。

スタートラインに立つようにという合図がかかる最中、彼は小さな声で、自分自身にこうつぶやくのです。「今、この瞬間を楽しもう、あの頃のように」と

その瞬間、走ることの目的が外的動機から、内的動機に変化していきます。すると不思議な事に、無邪気に走っていた当時の気持ちがよみがえり心も体も軽くなっていくのです。

この陸上選手の例は、私が想像で作って書いたことですけれど、こういったことは実はよくあって、松坂大輔擁する横浜高校が明徳義塾に対して残りに2イニングで6点差をひっくり返すという甲子園での大逆転劇の裏には、監督の渡辺さんの「残りの2イニングでひっくり返すのは難しい。もう後はお前たちの好きな様に、思いっきり甲子園を楽しんでみろ!」という言葉があったという逸話も存在しています。

これは、甲子園という大舞台に立つことで外的動機が強くなってしまった状況の中、内的動機に戻ることで野球をするということの純粋な気持ちを思い出し心身の負荷を落としていくことに成功した例といえるでしょう。

内的動機で始めたことが、気が付けば外的動機で行動しているということは、実は、我々の生活の中にもよくあることでもあるのです。好きで始めた仕事なのにも関わらず、目的が収入をあげていくことに変わってしまっている、というようなことはたくさんあるのです。

外的動機で行動すると、必ず何かしらの問題が生じてしまいます。それこそ心身に余計な負荷をかけてしまいかねません。従って、心身に負荷がかかっていると感じたときこそ、初心に戻ることが大切なのです。

内的動機とともに生きる。

よく女性の方が理想の男性像を語る時に「少年のような人」といいますけれど、その「少年のような人」とはどういう人かといえば「内的動機で生きている人」ということがいえるでしょう。内的動機で生きている人は、純粋であるがゆえにキラキラしているのです。

人はそういったキラキラした純粋性に惹かれていきます。そして、不思議とキラキラした人の周りには、キラキラした人が集まるものです。そういったキラキラの循環で生きることができるようになると、人生もまたキラキラしていくことでしょう。

そして、キラキラして生きるために常に気を付けていかなければならないことは、行動するにあたっての目的が内的動機であるかどうかを確かめていく必要があるといっていいでしょう。常に初心を忘れないようにし、内的動機で生きるのです。

もし我々の生きることの意味が「人生を楽しむこと」であり、それがこの世に生を受けたことの内的動機であるならば、どんな状況下であってもそれを楽しむことが大切であるといえます。

そして、人生を楽しむという内的動機で生きられるようになったとき、その人はきっと必ずキラキラとした人生を歩むことができるようになるのです。

本日のまとめ

初心忘れべからず
① 内的動機で行動すれば、持続性も質も上がっていく。
② 初心に戻ることで、内的動機を思い出し原点に戻る。
③ 内的動機に立ち返ることで、心身の負荷を落とし、集中力を高めていく。
④ 心身に負荷がかかっている時こそ、初心に戻ることが大切。
⑤ 「少年のような人」とは、「内的動機で生きている人」のこと。
⑥ 内的動機で生きると人生が好転していく。
⑦ 常に初心を思い出し、内的動機で行動していく。
⑧ どんな状況下でも楽しむことができたとき、人生が好転していく。

 

純粋な動機で生きる。

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。前回は、行動における内的動機と外的動機について述べました。

内的動機とは、簡単に言うと直接的な欲求であるのに対し、外的動機とは複次的な欲求であるともいえます。間接的な欲求よりも直接的な欲求の方が、その意味合いとして純粋性があるため、行動する力でいえば内的動機の方が強いといえます。

従って、直接動機に従って生きることができたなら、人はより明確な目的を持って生きることができるのかもしれません。

とはいえ、この現代社会においては、直接欲求よりも、間接的な欲求の方がメインになっているといっても過言ではないのでしょうか。間接的な欲求がメインになってしまうと、どうしても目的が曖昧になってしまいがちなのです。

現代社会は内的動機と外的動機で生きる2種類の人がいる

内的動機と外的動機をもう一度おさらいすると、内的動機は、「〇〇をしたいから〇〇をする」ということであり、外的動機とは「〇〇をするために〇〇をする」ということになります。

例えば、「勉強をしたいから勉強をする」というのが内的動機であり、「いい成績を取りたいから勉強をする」ということが外的動機となるといっていいでしょう。

もし本当に勉強が好きであるならば、「勉強がしたいから勉強をする」という行為が生まれます。しかし、「特に勉強がしたいわけでもないけれど、いい成績を取らなければならないので勉強をする」ということは外的動機となるわけです。

「この仕事をしたいから、この仕事ををしている」という人は内的動機で生きていて、「生活するために、この仕事をしている」という人は外的動機で生きているといえます。

内的動機と外的動機の定義をもう一度あらためて見てみると、内的動機が「好奇心や関心によってもたらされる動機づけであり、賞罰に依存しない行動である」のに対し、外的動機は「義務、賞罰、強制などによってもたらされる動機づけである」とされています。

従って、勉強が好きで勉強をするといったことや、この仕事が好きだからこの仕事をするといったことは、好奇心や関心によってもたらせる動機なので内的動機であるということができ、動機そのものが純粋であるといえます。

その一方で、勉強や仕事を外的動機で行っているとするならば、その動機にはある種の濁りが生じているともいえるのでしょう。

趣味をするように生きられるのがベスト

では、「趣味」を内的動機、外的動機で見てみるとどうなるでしょうか?

上の定義を用いるならば、趣味には基本的に「義務、賞罰、強制」は存在しないはずなので、内的動機に基づく行動であり、趣味でする行動は純粋な欲求によって成り立っているといえるでしょう。

そう考えると、「勉強をしたくて勉強をする」といった人や、「この仕事をしたいから、この仕事で働く」という人は、勉強や仕事を趣味と同じような感覚で行っているといっても問題はないでしょう。

ですので、幸せということで考えるならば、内的動機で生きるのと外的動機で生きるのとでは、当然、内的動機を主体として生きる方が、圧倒的に幸福度が高いということが一目瞭然なのです。

以前、このブログの中で「無償の遊戯性で生きる」といった内容の記事を書きましたが、より幸せに生きていくのであれば、この内的動機(無償の遊戯性)に従って生きることの方が、純粋な幸福度は高くなるといえるのです。

とはいえ、すべてを内的動機で生きるなんてできないと思うこともあるかもしれません。しかし、そんなことはないのです。「内的動機」だけで生きている人はたくさん存在するのです。

「内的動機」だけで生きられるようになると「自由」になれる。

プロの登山家は、内的動機で生きているはずです。彼らは純粋に山が好きだから山に登るのであり、内的動機で生きているといっていいでしょう。登山は、いろいろな場面で過酷な状況に遭遇することが多いので、なかなか外的動機でそれを仕事にするということは難しくもあります。

しかし、登山家は、山に対する内的動機が強いからこそ、登山家として生計を立てられているのです。仕事柄、色々な危険を伴う反面、彼らの幸福度はより高いといえます。きっと彼らの心の中では、目の前に聳える山に対してのワクワク感や好奇心で満たされていることでしょう。ノルマもなく義務もない、ただ山と戯れているだけで、彼らは生きているのです。「自由」とはつまりそういうことです。

このことは、登山家だけに当てはまるわけではありません。それは料理人であったとしても、例えば経理の担当者であっても、内的動機を軸とした仕事に対する純粋性が存在していればいいのです。純粋性に基づく行為で生きることができたなら、人は自由を謳歌できるといってもいいのです。

もし、このブログをご覧になっている方で、もっと人生を謳歌したいと考える方がいらっしゃるのであれば、あなたの中の純粋性を探してみるといいかもしれません。内的動機で行えることをもっともっとしていくといいでしょう。

ただ大事なことは、内的動機でしている行為の中に、外的動機的な要素を加えてしまわないことが肝要であるといえるでしょう。

つづきます。

本日のまとめ

純粋な動機で生きる
① 内的動機とは「直接的な欲求」であるのに対し、外的動機とは「複次的な欲求」である。
② 好きな仕事をするのは内的動機。生活のために働くのは外的動機。
③ 内的動機とは「好奇心や関心によってもたらされる動機づけ」のこと。
④ 外的動機は「義務、賞罰、強制などによってもたらされる動機づけ」のこと。
⑤ 内的動機で生きる方が幸福度が高くなる。
⑥ 内的動機に基づく行為をしていくことが、あなたを幸福にする。
⑦ 内的動機の中に外的動機を加えてしまわないように注意が必要。

 

行動するという練習

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。

スッと行動できるようになるためにはどうすればよいか、ということを最近のテーマとして書いていますが、本日もこのことについて書いていきたいと思います。

練習するのはスッと体が反応できるようになるため

学生の頃に部活動をされていたという方はたくさんいると思われますが、部活動の練習は、それこそスッと体が動くようになるために訓練をしているといってもいいでしょう。

同じことを何度も何度も繰り返ししていると、試合中に練習していた時と同じような状況になった場合、スッと行動できるものです。練習する意味は、簡単にいうとそういうことです。

はじめてする練習は、まずは頭で考えて、その考え通りに行えるよう体を動かしていきますけれど、何度も何度も練習していくうちに、考えることなくスッと体が動くようになっていくものです。

「体をどう動かせばいいか」などと考えながら試合をしていては、それこそ試合にはならないので、試合ができるような状況、つまり、どんな状況でもスッと体を動かせるようにしておく必要があるので、部活では練習が欠かせないといえます。

もちろん練習は体が動かせるようになるだけではなく、すぐに状況判断ができるようになるということも含まれています。体を動かしながらも状況判断をしていく、そういったことをしていくためには、練習も様々なバリエーションが必要になってくるでしょう。こういった練習を重ねていくことで、技術を向上させていくことができるようになります。

従って、色々なバージョンの練習を何度も繰り返していくことで、未知の状況を既知として扱えるようになり、試合中でも迷わずに、スッと行動できるようにしているといえるのです。

内的動機付けを探していく

行動するにあたっては、内的動機付けと外的動機付けのふたつがあると考えられます。内的動機付けとは、「行動することそのものが目的の行動」であり、外的動機付けとは「目的のために行動するということ」のことを表します。

例えば、「サッカーがしたいからサッカーをする」というのが内的動機付けであり、「女子にモテたいからサッカーをする」というのが外的動機付けということがいえます。

あるいは、「自分のお腹を見てマジでヤバいと思ってダイエットする」のは内的動機付けといえるし、「夏に向けて今のうちからダイエットしておこう」というのは、外的動機付けといえるでしょう。

普段の生活の中では内的動機付けと外的動機付けの両方を使って生きているといっても過言ではありません。また、どちらが良くて、どちらが悪いとは一概にいうことはできませんけれど、あまり深く考えることなくスッと行動できるという場合はどちらかというと内的動機付けの方であるといえるでしょう。

つまり純粋な欲求であればあるほど、人は行動力が増すといってもいいのです。そういった意味で言うならば、すべての行動を内的動機付けで行動できるようになったなら、行動力を増すことができるともいえるのです。

また純粋性において「理由のない衝動」で生きることができるようになったとき、その行動は、ある種の美しさをも兼ね備えているといえます。計算で生きるのではなく、ピュアな欲求で行動できるということは美しさや潔さがあるといっていいでしょう。

従って、日常生活の中での自分がしている行動が内的動機付けなのか外的動機付けなのか、それを観察していくと、「私」そのものが見えてくるようになります。

今している行動が、純粋性のある内的動機付けなのか、あるいは対外的な評価を基準とした外的動機付けなのか、そういったところを見極めていくと、「私」そのものの存在理由がはっきりと見えてくるのです。

目的が明確になれば、スッと行動できるようになる

生活の中でのすべての行動が内的動機付けでおこなっているわけではありません。人によっては外的動機付けの方が多い場合もあるでしょう。それはそれで全く問題はありませんけれど、外的動機付けの目的は、どうしても表層的なものになってしまいがちです。

「お腹が空いたから食べる」といったことは、欲求に従って生きていることですから内的動機付けと考えてもよいのですけれど、例えば「食べるために働く」というようなことは、外的動機付けとなってしまうわけです。こういった外的動機付けにはどうしても純粋性が欠けてしまう分、挫折や諦めといった要素を多分に含んでしまいがちなのです。

強さという意味では、「生活のために働く」という外的動機付けよりも、「働きたいから働く」あるいは「それをしたいから働く」といった内的動機付けの方が強いといえます。当然、動機が強い方が、目的に向かって行動できるだろうし、それを長続きさせることも可能となるでしょう。

そう考えていくと、外的動機付けを上手に内的動機付けに変化させていくことができたなら、例え入口が外的動機付けであったとしてもそれはそれで全く問題ないともいえるでしょう。

上の例でいうならば、なぜ「生活のために働くのか」ということをもう少し深く考えてみるといいかもしれませんし、そもそも「働く」とはどういうことなのかということを考えてみるのもいいかもしれません。あるいは、「働くことを通じて何を達成したいのか」とか、「現在働いている場所で何を学びたいのか」ということを考えてみるのもいいでしょう。そうやって生活のために働く理由を、外的動機付けを内的動機付けへと転化させていくことができていったとき、行動力も上がっていくのです。

目的が不明確であったり、それをする理由が不明瞭であったなら、人はなかなか行動できないものです。漠然と生きるのではなく、目的を明確化することで行動力を上げて行くのです。

目的を明確化するという練習

部活で同じことを何度も何度も練習するように、日々の生活の中で、今している行動について問いかける練習をしていくといいのかもしれません。「なぜ今、私はこれをしているのだろうか?」と。そうして得た答えが、内的動機付けに近いものであったなら、それはそれでよしとしましょう。

もし問いかけた答えが「外的動機付け」に近いものであったなら、その答えをもう少し深く探って行くといいでしょう。そうしていくことで、それをする目的や理由が明確化されるので、行動そのものに迷いがなくなっていくし、また、明確化された目標や理由によって、純粋性のある行動を新たに生み出していくことも可能となるのです。

部活動の練習は外的動機付けを内的動機付けに転化させるために行っているともいえます。理由はともあれ、スッと体を動かせるようになるためには練習は欠かせないのです。

従って、日々の生活の中から外的動機付けを内的動機付けに転化していく練習をしていくことで、行動力を上げていくことが可能となるといえるのです。

本日のまとめ

行動するという練習
① スッと行動できるようになるためには練習が必要。
② 未知のものを既知のものとするために練習をしている。
③ 行動には「内的動機付け」と「外的動機付け」が存在している。
④ 「内的動機付け」の方が純粋性が強く、行動する理由が明確である。
⑤ 動機を見つめていくと「私」の存在理由が明確化される。
⑥ 強い動機の方が行動力が上がっていく。
⑦ 動機付けを外的から内的に変化させていけば、行動力も上がっていく。
⑧ 日々の生活の中で外的動機付けを内的に変えていく練習をしていくことが大事。