純粋な動機で生きる。

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。前回は、行動における内的動機と外的動機について述べました。

内的動機とは、簡単に言うと直接的な欲求であるのに対し、外的動機とは複次的な欲求であるともいえます。間接的な欲求よりも直接的な欲求の方が、その意味合いとして純粋性があるため、行動する力でいえば内的動機の方が強いといえます。

従って、直接動機に従って生きることができたなら、人はより明確な目的を持って生きることができるのかもしれません。

とはいえ、この現代社会においては、直接欲求よりも、間接的な欲求の方がメインになっているといっても過言ではないのでしょうか。間接的な欲求がメインになってしまうと、どうしても目的が曖昧になってしまいがちなのです。

現代社会は内的動機と外的動機で生きる2種類の人がいる

内的動機と外的動機をもう一度おさらいすると、内的動機は、「〇〇をしたいから〇〇をする」ということであり、外的動機とは「〇〇をするために〇〇をする」ということになります。

例えば、「勉強をしたいから勉強をする」というのが内的動機であり、「いい成績を取りたいから勉強をする」ということが外的動機となるといっていいでしょう。

もし本当に勉強が好きであるならば、「勉強がしたいから勉強をする」という行為が生まれます。しかし、「特に勉強がしたいわけでもないけれど、いい成績を取らなければならないので勉強をする」ということは外的動機となるわけです。

「この仕事をしたいから、この仕事ををしている」という人は内的動機で生きていて、「生活するために、この仕事をしている」という人は外的動機で生きているといえます。

内的動機と外的動機の定義をもう一度あらためて見てみると、内的動機が「好奇心や関心によってもたらされる動機づけであり、賞罰に依存しない行動である」のに対し、外的動機は「義務、賞罰、強制などによってもたらされる動機づけである」とされています。

従って、勉強が好きで勉強をするといったことや、この仕事が好きだからこの仕事をするといったことは、好奇心や関心によってもたらせる動機なので内的動機であるということができ、動機そのものが純粋であるといえます。

その一方で、勉強や仕事を外的動機で行っているとするならば、その動機にはある種の濁りが生じているともいえるのでしょう。

趣味をするように生きられるのがベスト

では、「趣味」を内的動機、外的動機で見てみるとどうなるでしょうか?

上の定義を用いるならば、趣味には基本的に「義務、賞罰、強制」は存在しないはずなので、内的動機に基づく行動であり、趣味でする行動は純粋な欲求によって成り立っているといえるでしょう。

そう考えると、「勉強をしたくて勉強をする」といった人や、「この仕事をしたいから、この仕事で働く」という人は、勉強や仕事を趣味と同じような感覚で行っているといっても問題はないでしょう。

ですので、幸せということで考えるならば、内的動機で生きるのと外的動機で生きるのとでは、当然、内的動機を主体として生きる方が、圧倒的に幸福度が高いということが一目瞭然なのです。

以前、このブログの中で「無償の遊戯性で生きる」といった内容の記事を書きましたが、より幸せに生きていくのであれば、この内的動機(無償の遊戯性)に従って生きることの方が、純粋な幸福度は高くなるといえるのです。

とはいえ、すべてを内的動機で生きるなんてできないと思うこともあるかもしれません。しかし、そんなことはないのです。「内的動機」だけで生きている人はたくさん存在するのです。

「内的動機」だけで生きられるようになると「自由」になれる。

プロの登山家は、内的動機で生きているはずです。彼らは純粋に山が好きだから山に登るのであり、内的動機で生きているといっていいでしょう。登山は、いろいろな場面で過酷な状況に遭遇することが多いので、なかなか外的動機でそれを仕事にするということは難しくもあります。

しかし、登山家は、山に対する内的動機が強いからこそ、登山家として生計を立てられているのです。仕事柄、色々な危険を伴う反面、彼らの幸福度はより高いといえます。きっと彼らの心の中では、目の前に聳える山に対してのワクワク感や好奇心で満たされていることでしょう。ノルマもなく義務もない、ただ山と戯れているだけで、彼らは生きているのです。「自由」とはつまりそういうことです。

このことは、登山家だけに当てはまるわけではありません。それは料理人であったとしても、例えば経理の担当者であっても、内的動機を軸とした仕事に対する純粋性が存在していればいいのです。純粋性に基づく行為で生きることができたなら、人は自由を謳歌できるといってもいいのです。

もし、このブログをご覧になっている方で、もっと人生を謳歌したいと考える方がいらっしゃるのであれば、あなたの中の純粋性を探してみるといいかもしれません。内的動機で行えることをもっともっとしていくといいでしょう。

ただ大事なことは、内的動機でしている行為の中に、外的動機的な要素を加えてしまわないことが肝要であるといえるでしょう。

つづきます。

本日のまとめ

純粋な動機で生きる
① 内的動機とは「直接的な欲求」であるのに対し、外的動機とは「複次的な欲求」である。
② 好きな仕事をするのは内的動機。生活のために働くのは外的動機。
③ 内的動機とは「好奇心や関心によってもたらされる動機づけ」のこと。
④ 外的動機は「義務、賞罰、強制などによってもたらされる動機づけ」のこと。
⑤ 内的動機で生きる方が幸福度が高くなる。
⑥ 内的動機に基づく行為をしていくことが、あなたを幸福にする。
⑦ 内的動機の中に外的動機を加えてしまわないように注意が必要。

 

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