行動するという練習

 

おはようございます。『落ちこぼれが創る明るい未来の会』代表のwatanabeです。

スッと行動できるようになるためにはどうすればよいか、ということを最近のテーマとして書いていますが、本日もこのことについて書いていきたいと思います。

練習するのはスッと体が反応できるようになるため

学生の頃に部活動をされていたという方はたくさんいると思われますが、部活動の練習は、それこそスッと体が動くようになるために訓練をしているといってもいいでしょう。

同じことを何度も何度も繰り返ししていると、試合中に練習していた時と同じような状況になった場合、スッと行動できるものです。練習する意味は、簡単にいうとそういうことです。

はじめてする練習は、まずは頭で考えて、その考え通りに行えるよう体を動かしていきますけれど、何度も何度も練習していくうちに、考えることなくスッと体が動くようになっていくものです。

「体をどう動かせばいいか」などと考えながら試合をしていては、それこそ試合にはならないので、試合ができるような状況、つまり、どんな状況でもスッと体を動かせるようにしておく必要があるので、部活では練習が欠かせないといえます。

もちろん練習は体が動かせるようになるだけではなく、すぐに状況判断ができるようになるということも含まれています。体を動かしながらも状況判断をしていく、そういったことをしていくためには、練習も様々なバリエーションが必要になってくるでしょう。こういった練習を重ねていくことで、技術を向上させていくことができるようになります。

従って、色々なバージョンの練習を何度も繰り返していくことで、未知の状況を既知として扱えるようになり、試合中でも迷わずに、スッと行動できるようにしているといえるのです。

内的動機付けを探していく

行動するにあたっては、内的動機付けと外的動機付けのふたつがあると考えられます。内的動機付けとは、「行動することそのものが目的の行動」であり、外的動機付けとは「目的のために行動するということ」のことを表します。

例えば、「サッカーがしたいからサッカーをする」というのが内的動機付けであり、「女子にモテたいからサッカーをする」というのが外的動機付けということがいえます。

あるいは、「自分のお腹を見てマジでヤバいと思ってダイエットする」のは内的動機付けといえるし、「夏に向けて今のうちからダイエットしておこう」というのは、外的動機付けといえるでしょう。

普段の生活の中では内的動機付けと外的動機付けの両方を使って生きているといっても過言ではありません。また、どちらが良くて、どちらが悪いとは一概にいうことはできませんけれど、あまり深く考えることなくスッと行動できるという場合はどちらかというと内的動機付けの方であるといえるでしょう。

つまり純粋な欲求であればあるほど、人は行動力が増すといってもいいのです。そういった意味で言うならば、すべての行動を内的動機付けで行動できるようになったなら、行動力を増すことができるともいえるのです。

また純粋性において「理由のない衝動」で生きることができるようになったとき、その行動は、ある種の美しさをも兼ね備えているといえます。計算で生きるのではなく、ピュアな欲求で行動できるということは美しさや潔さがあるといっていいでしょう。

従って、日常生活の中での自分がしている行動が内的動機付けなのか外的動機付けなのか、それを観察していくと、「私」そのものが見えてくるようになります。

今している行動が、純粋性のある内的動機付けなのか、あるいは対外的な評価を基準とした外的動機付けなのか、そういったところを見極めていくと、「私」そのものの存在理由がはっきりと見えてくるのです。

目的が明確になれば、スッと行動できるようになる

生活の中でのすべての行動が内的動機付けでおこなっているわけではありません。人によっては外的動機付けの方が多い場合もあるでしょう。それはそれで全く問題はありませんけれど、外的動機付けの目的は、どうしても表層的なものになってしまいがちです。

「お腹が空いたから食べる」といったことは、欲求に従って生きていることですから内的動機付けと考えてもよいのですけれど、例えば「食べるために働く」というようなことは、外的動機付けとなってしまうわけです。こういった外的動機付けにはどうしても純粋性が欠けてしまう分、挫折や諦めといった要素を多分に含んでしまいがちなのです。

強さという意味では、「生活のために働く」という外的動機付けよりも、「働きたいから働く」あるいは「それをしたいから働く」といった内的動機付けの方が強いといえます。当然、動機が強い方が、目的に向かって行動できるだろうし、それを長続きさせることも可能となるでしょう。

そう考えていくと、外的動機付けを上手に内的動機付けに変化させていくことができたなら、例え入口が外的動機付けであったとしてもそれはそれで全く問題ないともいえるでしょう。

上の例でいうならば、なぜ「生活のために働くのか」ということをもう少し深く考えてみるといいかもしれませんし、そもそも「働く」とはどういうことなのかということを考えてみるのもいいかもしれません。あるいは、「働くことを通じて何を達成したいのか」とか、「現在働いている場所で何を学びたいのか」ということを考えてみるのもいいでしょう。そうやって生活のために働く理由を、外的動機付けを内的動機付けへと転化させていくことができていったとき、行動力も上がっていくのです。

目的が不明確であったり、それをする理由が不明瞭であったなら、人はなかなか行動できないものです。漠然と生きるのではなく、目的を明確化することで行動力を上げて行くのです。

目的を明確化するという練習

部活で同じことを何度も何度も練習するように、日々の生活の中で、今している行動について問いかける練習をしていくといいのかもしれません。「なぜ今、私はこれをしているのだろうか?」と。そうして得た答えが、内的動機付けに近いものであったなら、それはそれでよしとしましょう。

もし問いかけた答えが「外的動機付け」に近いものであったなら、その答えをもう少し深く探って行くといいでしょう。そうしていくことで、それをする目的や理由が明確化されるので、行動そのものに迷いがなくなっていくし、また、明確化された目標や理由によって、純粋性のある行動を新たに生み出していくことも可能となるのです。

部活動の練習は外的動機付けを内的動機付けに転化させるために行っているともいえます。理由はともあれ、スッと体を動かせるようになるためには練習は欠かせないのです。

従って、日々の生活の中から外的動機付けを内的動機付けに転化していく練習をしていくことで、行動力を上げていくことが可能となるといえるのです。

本日のまとめ

行動するという練習
① スッと行動できるようになるためには練習が必要。
② 未知のものを既知のものとするために練習をしている。
③ 行動には「内的動機付け」と「外的動機付け」が存在している。
④ 「内的動機付け」の方が純粋性が強く、行動する理由が明確である。
⑤ 動機を見つめていくと「私」の存在理由が明確化される。
⑥ 強い動機の方が行動力が上がっていく。
⑦ 動機付けを外的から内的に変化させていけば、行動力も上がっていく。
⑧ 日々の生活の中で外的動機付けを内的に変えていく練習をしていくことが大事。

 

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